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なぜGHQ(CIE)は神道指令を発出したのか

GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、1945年12月15日に「神道指令」を発令し、国家神道を廃止しました。その理由は、国家神道を軍国主義や超国家主義の源泉と見なしていたためです。なぜなぜGHQ(CIE)は神道指令を発出したのか、その裏側をこの記事ではご紹介いたします。

神道指令の作成に関与したのはCIE

そもそも、神道指令の作成に関与したのは、CIE(民間情報教育局)という機関です。CIEは昭和20年9月22日に設立され、その主な役割は、最高司令官に対し、日本の公的情報、教育、宗教に関する助言を行うことでした。

CIE内には、計画・運営課、教育・宗教課、新聞・出版課、ラジオ・映画・視覚メディア課、写真・美術課の6つの部門があり、そのうち神道指令に関わったのは教育・宗教課でした。

教育・宗教課の宗教班を指揮したのは、オハイオ州出身のアメリカ海軍軍人であるW・K・バンスという人物です。彼は昭和11年から14年にかけて旧制松山高校で教鞭を執った経験があり、その後帰国して終戦の年にGHQスタッフとして再び日本に赴きました。

バンスは松山高校での勤務経験や、義父が同志社大学の教授であったこと、さらに妻が日本で育った経験もあり、日本語を理解することができました。しかし、日本の宗教に関する専門知識は持ち合わせていなかったため、当時の文部大臣である前田多聞の要請により、岸本英雄(東京大学文学部助教授)やD・C・ホルトムから宗教について学び、日本の宗教に対する理解を深めながら神道指令を作成しました。

岸本英雄は宗教学の権威である姉崎正治に師事した学者で、バンスに講義を行った際の様子を「嵐の中の神社神道」(『戦後の宗教と社会』所収)に記録しています。一方、D・C・ホルトムは戦前から神道を研究していた稀少な研究者で、天皇が日本国民の中心的存在であることを重視し、戦後の政策立案にも重要な意見を提供していました。

神社神道までもが抑圧された背景にはGHQによる誤解が影響している

神道指令によって国家神道だけでなく、神社神道までもが抑圧された背景には、GHQによる誤解が影響している可能性があります。

日本では古代より、政治と祭祀は密接に結びつき、一体のものとして機能してきました。しかし、神道指令の発布によって国家と祭祀の関係は大きく切り離され、現在のような状況へと至りました。この指令は、日本の国家体制や文化に大きな変化をもたらした重要な転換点だったと言えるでしょう。

現代においては「政教分離」という原則が一般的に用いられ、多くの国々で採用されています。我が国もこの原則を厳格に遵守していますが、興味深いことにGHQを送り込んだアメリカでさえ、この原則を完全には適用していません。たとえば、大統領就任式では聖書に手をかざして宣誓が行われたり、イースターの際にはホワイトハウスでさまざまなイベントが催されたりしています。

日本の歴史を顧みると、政治と一体であった神道を完全に分離することは、本来困難であるはずです。しかしながら、GHQによる一連の政策の背後には、神道と国家の関係に関する誤解が存在していたと考えられます。

神道指令によって国家神道だけでなく神社神道が弾圧されたのはGHQの誤解?

GHQは、神社神道と国家神道を混同していましたが、実際には地方の神社と国家が密接に結びついているケースはほとんどありませんでした。具体的に言えば、「官国幣社」と呼ばれる国や地方自治体から助成金を受けていた神社は全体のごく一部に過ぎず、その助成額も十分とは言えない水準でした。

要するに、GHQは官国幣社とその他の神社(諸社)の違いを認識しておらず、すべての日本人が国家神道を信奉していると誤解していたということです。

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